1924年 東亜キネマ等持院撮影所=マキノ映画提携作品
上映時間21分
原作・脚色・・・寿々喜多呂九平
監督・・・・・・二川文太郎
撮影・・・・・・橋本佐一呂
〈配役〉
南条三樹三郎・・・阪東妻三郎
早水源三郎・・・・片岡紅三郎
倉橋十平太・・・・嵐冠三郎
倉橋の娘 操・・・マキノ輝子
南条の姉とみ・・・清水零子
南条の母・・・・・中川芳江
山室平内・・・・・瀬川路三郎
大工の熊さん・・・大谷万六
〈略筋〉
没落した我が家を再興しようと、身分ある侍達の侮蔑にも耐え文武の道に専心する若侍、南条三樹三郎があった。彼の師である倉橋十平太の娘操は、到る処で蔑られる三樹三郎に同情し、彼にとって良き理解者であった。が、しかし三樹三郎にとってこの同情は、彼女への熱烈な恋慕をかきたてることとなった。ある日、三樹三郎の母が、家老の息子早水源三郎の乗った馬に蹴られて死んでしまった。その上、三樹三郎の姉とみは、同じ源三郎に誘惑され貞操を奪われるという事件が起きた。しかもその源三郎は、その後三樹三郎の恋する操を妻に迎えたのだった。
母、姉、そして操まで奪われた三樹三郎の若き血潮は逆流した。
源三郎と操の婚礼の席へ乗り込んだ三樹三郎は、多勢にさえぎられ、やがて狂人と罵られ惨々に打ちのめされ放逐されてしまった。姉とみは、我が不身持ちを恥じて自害した。宿敵源三郎への憎悪をつのらせつつ、斯して七年の歳月が過ぎ去った。
酒と喧嘩に溺れつつ落ちぶれた浪人生活に明け暮れる三樹三郎の目の前に、仲睦まじそうな源三郎と操夫婦の姿が突如現われた。一瞬のうちに全てを思い起こした三樹三郎は、再び憤怒の炎を燃やし刃を抜いた。ついに憎しみを晴らすときが来た。源三郎にとどめを刺しやっと勝利を得た三樹三郎だが、その顔に浮かぶのは、何故か淋しい微笑みだった。
〈解説〉
この映画の主演俳優の坂東妻三郎は、1923年にデビューして短い期間のうちに人気スターになってから、1953年になくなるまで、日本映画界でつねにトップ級の人気を保っていたスーパースターである。この映画は人気急上昇中の作品であるが、残念ながら失われた部分が多く、不完全な版である。阪東妻三郎が現われるまで、日本の時代劇映画は歌舞伎という伝統演劇の影響が強く、演技は舞台的に様式化されていてのろのろしたものだったし、主人公の役柄は単純な英雄や豪傑が主だった。阪東妻三郎も歌舞伎の出身であるが、映画では彼は非常にスピードのある映画的な演技をつくり出し、また役柄でも、単純な英雄や豪傑ではなく、社会の悪に絶望し反逆する侍というような、1920年代の反体制思想にも通じる人物をよく演じて喝采された。「逆流」はまさに彼がそういう役柄と演技スタイルを創造しつつあった時期の作品である。脚本の寿々喜多呂九平と監督の二川文太郎は、この前後の数本の作品で阪東妻三郎と一緒に仕事をしており、彼のそうした役と演技を作り出した人々である。
阪東妻三郎は生涯に二百本以上の作品に出演し、その大部分は強い侍の役だったが、晩年には数本、現代劇で無知だが善良な庶民の役を演じて名優とうたわれた。
(解説ー佐藤忠男)