本来『弥次喜多』は、この“尊王の巻”を皮切りに、“韋駄天の巻”“伏見鳥羽の巻”と三篇連続で製作された計三十巻の作品であるが、現在保存されているのはこの“尊王の巻”と“伏見鳥羽の巻”のそれぞれ一部分である。
ちょうど日活時代劇部が大将軍撮影所から新設された太秦撮影所への移転時に速成された作品で、冗長な展開と喜劇役者としての河部五郎の力量を問う声もあったが、スラップ・スティックなナンセンス時代劇という斬新な企画が観客に受け入れられ、興行的には大成功を収めた作品である。
(略筋)
時は幕末、尊王攘夷が叫ばれる頃。“三葉葵を血で枯らす…”と、子供達の唄う俗謡を何気なく口ずさんだ弥次と喜多は、勤王倒幕の声に心を尖らせている幕吏に捕えられてしまった。だが、丁度そこへ喜多の妹染香と恋人の安田勇次郎が通りかかり、二人を救ってくれたものの、多勢の敵にはかなわず、替わりに勤王の志士安田が捕えられてしまった。その夜、喜多は染香に、弥次は女房おとくに大義を説かれ、恩人安田を助けようと牢舎へ忍び込んだ。ところが、ひょんなことから二人が助け出したのは、安田ではなく隣の牢舎にいた大泥棒山嵐団六であった。翌朝、事情を聞いた山嵐は、世に泥棒ほど義理固い者はないと恩返しに安田救出に協力する事になった。弥次、喜多、力はあるが御用提灯に滅法弱い山嵐の三人が知恵を絞って大奮闘。果して―。