売り出し中の大河内傳次郎にとっては立廻りのない異色作だが、残されたフィルムだけでも中々の好演ぶりである。相手役は、前作の『剣と恋』に引き続き、桜木梅子が務めた。
又、昭和九年には同じく辻吉朗監督、尾上菊太郎主演、羅門光三郎らの共演で再映画化(トーキー)もされている。
なお、昭和四年の『血煙荒神山』迄は辻吉郎の名で、それ以降の作品は、郎の字を朗に改名している。
(略筋)
千葉三郎兵衛の槍を持つ下郎市助は、主用も無事に終えて主従四人で帰国の道中を続けていた。府中の宿場に着くと、旗本岡田文之進もまたここで宿をとっていた。市助は足を傷めて一足遅れて宿場に入ったものの、宿を間違えて岡田の宿に槍を持ち込んでしまった。怒った岡田文之進は、市助の首を持って主人直々に謝罪に来るならば槍を返すと云い、市助も死んで詫びる覚悟だった。しかし、主人千葉三郎兵衛は、槍はいらぬ、家来の命は大切だと市助を許したのだが、市助の決意は固く、国許の母や恋人お久に遺書を残して、切腹して果てた。
翌朝、千葉は市助の首を持って岡田から槍を受取ると、岡田は自分の頑固な旗本根性の非を深く恥じるのだった。槍に市助の位牌と遺髪を取付けて、再び淋しく帰国の途につく一行だった。